城塞都市バクー、シルヴァンシャー宮殿、及び乙女の塔
Walled City of Baku with the Shirvanshah

概要

カスピ海に面したアゼルバイジャンの首都バクーの旧市街「イチェリ・シェヘル」は、古代からの交通の要衝として、ゾロアスター教、ササン朝、アラブ、ペルシア、シルヴァン朝、オスマン、ロシアなど、時代ごとの支配者や文化の重層を今に伝える。12世紀に遡る円筒形の塔「乙女の塔」や、15世紀のシルヴァンシャー宮殿を含み、2000年に世界遺産へ登録された。2000年の地震被害を受け2003年から2009年まで危機遺産にも指定されていた。

基本情報
アゼルバイジャン
2000年:新規登録
検定ではここを覚えよう
  • 保有国: アゼルバイジャン
  • 登録状況: 2000年:新規登録
  • 区分: 文化遺産
  • 登録基準: (ⅳ)
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詳細情報
古くから交通の要衝として発展し、油田の採掘で反映した現アゼルバイジャンの首都。
ペルシア帝国やオスマン帝国、ロシア帝国など数々の支配にさらされたこともあり、多様な文化を受けた歴史的建造物が残る。
城内壁(イチェリ・シェヘル)にはモスクやゾロアスター教寺院などがある。
中でも以下はアゼルバイジャン建築の傑作とされている
乙女の塔      …楕円形の見張りの塔
シルヴァンシャー宮殿…シルヴァン朝時代に建造された宮殿
2000年の地震被害や都市開発の影響で2003年に危機遺産リストに登録されたが2009年に脱した。

もっと詳しく

アゼルバイジャンの首都バクーの旧市街「イチェリ・シェヘル(内城)」は、カスピ海沿岸の交通の要衝として古くから発展した歴史地区である。ゾロアスター教、ササン朝、アラブ、ペルシア、シルヴァン朝、オスマン帝国、ロシア帝国と、時代ごとに異なる支配や文化的影響を受けてきたことを示す建造物が今も数多く残る。2000年、アゼルバイジャン初の世界遺産として、登録基準(iv)のもと世界遺産リストに登録された。

登録基準(iv)は、ゾロアスター教からロシア統治期に至る複数の文化的伝統が交錯する歴史的都市とその建築群を、稀少な事例として評価するものである。

旧市街を象徴する「乙女の塔」は、少なくとも12世紀に遡るとされる円筒形の塔で、一部の研究者は基部が紀元前7~6世紀の構造物にまで遡ると指摘している。かつては見張り台や防衛拠点として用いられたと考えられており、現在も旧市街のランドマークとなっている。

もう一つの代表的建造物であるシルヴァンシャー宮殿は、15~16世紀にこの地を治めたシルヴァン朝の王宮として建てられた。宮殿群にはモスクや霊廟、浴場などが含まれ、アゼルバイジャン建築の傑作のひとつに数えられている。乙女の塔とともに、旧市街の中でもとりわけ多くの人が訪れる見どころとなっている。

2000年11月に発生した地震による被害と、その後の不適切な修復作業を理由に、旧市街は2003年、「危機にさらされている世界遺産(危機遺産)リスト」に登録された。その後の保存管理体制の改善が評価され、2009年に危機遺産リストから解除されている。

城壁に囲まれた旧市街には、19世紀のロシア統治下で人口や商業機能が拡大した歴史も刻まれており、2007年時点で約3,000人が城壁内に居住していたとされる。旧市街の景観はアゼルバイジャンの10マナト紙幣にも描かれるなど、国を象徴する歴史的な街並みとして今日まで受け継がれている。

よくある質問

Q. 城塞都市バクーとはどのような場所ですか?
A. アゼルバイジャンの首都バクーの旧市街「イチェリ・シェヘル」で、ゾロアスター教からロシア統治期まで複数の文化の重層を伝える歴史地区。2000年に世界遺産へ登録された。

Q. 乙女の塔とはどのような建物ですか?
A. 少なくとも12世紀に遡るとされる円筒形の塔で、一部研究者は基部が紀元前7~6世紀にまで遡ると指摘している。旧市街のランドマークである。

Q. なぜ一時期危機遺産に登録されていたのですか?
A. 2000年11月の地震被害と、その後の不適切な修復作業を理由に2003年に危機遺産リストへ登録されたが、2009年に解除された。

Q. シルヴァンシャー宮殿とは何ですか?
A. 15~16世紀にこの地を治めたシルヴァン朝の王宮で、モスクや霊廟などを含む、アゼルバイジャン建築の傑作のひとつとされる。

旅行情報

乙女の塔とシルヴァンシャー宮殿は約1kmの距離にあり、旧市街の石畳の路地を通って徒歩で行き来できる。旧市街への立ち入り自体は無料だが、乙女の塔・宮殿それぞれの内部見学は有料で、開館時間はいずれもおおむね10時~18時。
写真
城塞都市バクー、シルヴァンシャー宮殿、及び乙女の塔
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