トリーアのローマ遺跡群、聖ペテロ大聖堂及び聖母教会
Roman Monuments, Cathedral of St Peter and Church of Our Lady in Trier

概要

ドイツ西部、モーゼル川沿いに位置するトリーアは、ドイツ最古の都市として知られ、古代ローマの遺構と中世キリスト教建築が同じ町の中に共存する世界遺産である。紀元前後にローマの植民都市として建設されたこの町は、3世紀末から4世紀にかけて西方帝国の拠点都市の一つとなり、その繁栄の痕跡が円形闘技場やポルタ・ニグラなどの大規模な遺構として今日まで伝えられている。

基本情報
ドイツ
1986年:新規登録
検定ではここを覚えよう
  • 保有国: ドイツ
  • 登録状況: 1986年:新規登録
  • 区分: 文化遺産
  • 登録基準: (ⅰ)、(ⅲ)、(ⅳ)、(ⅵ)
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詳細情報
ローマとキリスト教が融合したドイツ最古の都市。
トーリアはアウグストゥス帝が建設した植民市を起源とする。
中世には大司教座都市として繁栄し、円形劇場、バルバラ浴場、ポルタ・ニグラ(黒い門)、バシリカなどの大遺構が現存している。
コンスタンティノスが建てたアウラ・パラティーナはレンガ造りの壮大な宮殿。
聖ペテロ大聖堂や聖母マリア教会は中世に改築され現存している。

もっと詳しく

トリーアは紀元前17〜18年頃、初代ローマ皇帝アウグストゥスのもとで「アウグスタ・トレウェロールム」として建設されたとされる。紀元300年頃には人口が数万人規模に達したと推定されており、当時のアルプス以北では最大級の都市であったと考えられている。

ポルタ・ニグラ(黒門)は、2世紀後半、皇帝マルクス・アウレリウスの治世下に建設されたと考えられている巨大な市門で、アルプス以北に現存するローマ時代の城門としては最大級とされる。黒ずんだ砂岩を積み上げた二重構造の門は、中世に隠修士の住居として利用され、その後教会に転用されたことで破壊を免れ、良好な状態で保存されるに至ったと伝えられている。

3世紀末から4世紀にかけて、トリーアはコンスタンティヌス大帝をはじめとする西方の皇帝たちの拠点都市の一つとなった。コンスタンティヌスは巨大な公会堂(バシリカ)や大浴場を含む記念碑的建造物群を整備しており、現存するコンスタンティヌスのバシリカ(アウラ・パラティーナ)は、ローマ時代のレンガ造建築としては最大級の規模を誇る単一空間建築の一つとされる。

聖ペテロ大聖堂(トリーア大聖堂)は、ローマ時代の宮殿の一部を基礎として建設が始まったとされ、その後中世を通じて改築が重ねられた結果、ロマネスク様式からゴシック様式まで、複数の時代の建築様式が積層する複合的な構造を持つに至った。隣接する聖母教会は、ドイツにおける初期ゴシック建築の代表例の一つとされている。

登録基準(i)(iii)(iv)(vi)のもとで評価されており、古代ローマの都市計画・建築技術の傑出した実例であること、失われた文明の証拠であること、歴史上の重要な段階を示す建築様式の例であること、そして普遍的に重要な出来事や思想との関連性があることが、それぞれの基準の根拠とされている。

よくある質問

Q. トリーアはなぜ「ドイツ最古の都市」と呼ばれるのですか?
A. 紀元前17〜18年頃、初代ローマ皇帝アウグストゥスのもとで植民都市「アウグスタ・トレウェロールム」として建設されたとされ、現存するドイツの都市の中でも特に古い起源を持つことからこう呼ばれている。

Q. ポルタ・ニグラとはどのような建造物ですか?
A. 2世紀後半に建設されたと考えられる巨大な市門で、アルプス以北に現存するローマ時代の城門としては最大級とされる。中世に教会へ転用されたことで破壊を免れ、良好な状態で保存されている。

Q. コンスタンティヌス大帝とトリーアの関係は?
A. 3世紀末から4世紀にかけて、トリーアは西方帝国の拠点都市の一つとなり、コンスタンティヌス大帝は巨大な公会堂や大浴場などの記念碑的建造物を整備したと伝えられている。

Q. 世界遺産の登録範囲にはどのような建物が含まれますか?
A. ポルタ・ニグラや円形闘技場、皇帝浴場、バシリカ(アウラ・パラティーナ)などの古代ローマの遺構に加え、聖ペテロ大聖堂と聖母教会が構成資産に含まれている。

旅行情報

フランクフルト中央駅からマインツ、コブレンツ方面を経由して鉄道で約3時間半ほどでアクセスできるとされる。ポルタ・ニグラをはじめとする主要な見どころは旧市街に集中しており、徒歩での見学が可能とされる。
写真
トリーアのローマ遺跡群、聖ペテロ大聖堂及び聖母教会
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