シヴァ神に捧げられた
ヒンドゥー教の聖地。
11世紀初頭にクメール朝の
スーリヤヴァルマン1世と2世が大改築を行い栄えた。
その後ヒンドゥー教が衰えると
仏教寺院 として改築された。
当遺跡は元々シャム王国(現在のタイ王国)と仏領インドシナ(現在のカンボジア)間で国境線画定条約が結ばれたが実質前者が支配していた。
その後
世界遺産委員会で審議されたが両国間の国境問題を考慮して審議見送りとなった。
ICOMOSは
登録基準(ⅰ)(ⅲ)(ⅳ)を認めていたものの、タイ側の領土抜きにはすべてを保全することが難しく、結果
登録基準 (
ⅰ)のみの登録となった。
この判決にタイが反発し死者を出す戦闘になったが現在は沈静化している。