エステ家の宮廷都市として発展した、ポー川流域のルネサンス計画都市。
1492年、建築家ビアジオ・ロッセッティが遠近法的な都市計画に基づき市域を拡張した「アッディツィオーネ・エルクレア(エルコレの拡張)」を実施し、
近代都市計画の先駆けと評価される。
宮廷画家
コズメ・トゥーラを祖とするフェッラーラ派の画家たちが、エステ家の保護のもとで独自の宮廷美術を築いた。
1995年に市街が、1999年にポー川デルタと点在する離宮群(デリツィエ・エステンセ)が追加登録された。
都市計画と農地・湿地の開拓が一体となって進んだ複合的な景観が評価の対象となっている。
登録基準はii(文化交流の証拠)、iii(文明・伝統の証拠)、iv(建築・技術・景観の顕著な例)、v(伝統的集落・土地利用の顕著な例)、vi(出来事・生きた伝統・思想・信仰との関連)。
【検定ここが出る】ロッセッティによるアッディツィオーネ・エルクレアの実施年と、1995年・1999年の二段階登録が問われやすい。