ジンバブエ西部、ブラワヨ近郊に残る石造遺跡群で、グレート・ジンバブエ王国の衰退後(15世紀半ば)に興った
トルワ王国の都であった。
モルタルを用いない
乱石積み(ドライストーン)の技術による城壁や建造物群が残り、装飾的な帯状文様(フリーズ)が施されている。
遺跡からは中国・明代の陶磁器やスペイン製の銀器なども出土しており、
インド洋交易網に連なる広域交易の拠点であったことを示す。
19世紀、ンデベレ人の侵入により放棄されたと伝わる。
ジンバブエ国内では、同種の石造遺跡としてグレート・ジンバブエ遺跡に次ぐ規模とされる。
1986年に
世界遺産登録。
登録基準はiii(文明・伝統の証拠)、iv(建築・技術・景観の顕著な例)。
【検定ここが出る】グレート・ジンバブエの後継とされる同王国の都という位置づけ、出土品(明代陶磁器等)が示す広域交易の証拠が問われやすい。