アボメイの王宮群
Royal Palaces of Abomey

概要

西アフリカ・ベナン共和国のアボメイには、1625年から1900年まで12代にわたって栄えたダホメ王国(アボメイ王国)の歴代王の宮殿跡が残る。日干し煉瓦の壁を彩る色鮮やかな浮き彫りは、王国の歴史や王権を物語る貴重な記録である。この地はかつて大西洋奴隷貿易の拠点として「奴隷海岸」とも呼ばれた。

基本情報
ベナン
1985年:新規登録,2007年:範囲拡大
検定ではここを覚えよう
  • 保有国: ベナン
  • 登録状況: 1985年:新規登録,2007年:範囲拡大
  • 区分: 文化遺産
  • 登録基準: (ⅲ)、(ⅳ)
世界遺産検定 対策トップへ »
詳細情報
17世紀から約300年にわたり栄えたアボメイ王国の歴代王の宮殿。
奴隷貿易で富を得たことにより一帯は奴隷海岸と呼ばれた。
1984年の竜巻被害により世界遺産登録と同時に危機遺産リスト入りしたが、2007年に脱した。

もっと詳しく

ベナン南部の都市アボメイは、1625年から、フランスの保護領となる1900年まで、12代の王が続いたダホメ王国(アボメイ王国)の首都であった。歴代の王はそれぞれ自らの宮殿を旧王宮の敷地内に増築する形で築いており、王宮群全体としては西アフリカにおける在来王権建築の代表例として評価されている。

宮殿の壁は日干し煉瓦と泥(バンコ)を用いて築かれ、その表面には色鮮やかな彩色を施した浮き彫り(バ・ルリーフ)の装飾板が数多く配されている。これらの浮き彫りは単なる装飾ではなく、フォン族に伝わる神話や慣習・儀礼、そして各王の治世における出来事など、王国の重要な事績を象徴的な図像で記録した、いわば「絵による年代記」としての役割を担っていた。

ダホメ王国は、17世紀以降、ヨーロッパ諸国との交易、とりわけ大西洋を渡る奴隷貿易を通じて富を蓄えた国家でもあり、アボメイを含む沿岸一帯は当時「奴隷海岸」と呼ばれていた。この歴史は、アボメイの王宮群が持つ文化的価値を理解するうえでの背景として位置づけられている。

1984年、アボメイを襲った竜巻により王宮群は深刻な被害を受けた。この被害と、その後行われた修復工事が建物本来の材料・規模・色彩の真正性を欠いていたことを理由に、王宮群は1985年、世界遺産登録と同時に「危機にさらされている世界遺産(危機遺産)リスト」にも登録される異例の経緯をたどった。その後、ベナン政府による保存計画に基づいた修復が進められ、2007年に危機遺産リストから解除されている。

登録基準(iii)は、ダホメ王国の文化的伝統についての稀有な証拠であることを、基準(iv)は在来の建築様式・技術を示す建造物群であることを、それぞれ評価するものである。現在、旧王宮の一角はアボメイ歴史博物館として公開されており、王家に伝わる品々を間近に見ることができる。

よくある質問

Q. アボメイの王宮群はどこの国にありますか?
A. 西アフリカのベナン共和国南部、アボメイという都市にある。

Q. 何という王国の宮殿ですか?
A. 1625年から1900年まで12代の王が続いたダホメ王国(アボメイ王国)の歴代王の宮殿である。

Q. 壁の浮き彫りには何が描かれていますか?
A. フォン族の神話や慣習、各王の治世の事績など、王国の重要な出来事を象徴的な図像で表した「絵による年代記」としての役割を持つ。

Q. なぜ一時期危機遺産に登録されていたのですか?
A. 1984年の竜巻で王宮群が深刻な被害を受け、その後の修復も真正性を欠いていたことから、1985年の世界遺産登録と同時に危機遺産リストにも加えられた。2007年に解除されている。

旅行情報

王宮群の一角には1943年に開設されたアボメイ歴史博物館があり、ゲゾ王やグレレ王の宮殿を活用して王家の紋章織物や儀礼用品などを展示している。年中無休で公開されており、ベナン国内でも来館者の多い博物館のひとつとされる。
写真
アボメイの王宮群
ページトップへ戻る