中央アジア、タジキスタン北西部ザラフシャン川流域に残る原始都市遺跡。
その名は現地語で「
大地が始まる場所」を意味し、紀元前4千年紀から紀元前3千年紀末にかけて中央アジア最古級の定住集落が営まれた。
牧畜に適した山地と、農業・灌漑に適した渓谷の境目という立地を生かし、中央アジア草原からイラン高原、インダス川流域、インド洋沿岸に至る
広域の交易・文化交流を担った。
青銅器時代以降はスズや銅の
冶金技術や手工業も発達した。
1976年、農民が偶然掘り当てた銅製の短剣をきっかけに遺跡の存在が知られ、1977年から本格的な発掘調査が続けられている。
2010年、中央アジアにおける都市化の初期段階を伝える遺跡として
世界遺産に登録された。
登録基準はii(文化交流の証拠)とiii(文明・伝統の証拠)。
【検定ここが出る】1976年に農民が銅製短剣を発見したことが調査の端緒となった点、インダス川流域やイラン高原まで及ぶ広域交易の証拠である点が問われやすい。