ギリシア北東部、東西を結ぶ古代幹線道路
エグナティア街道沿いに残る古代都市遺跡。
紀元前356年にマケドニア王
フィリッポス2世が都市を再建したことに由来する。
紀元前42年のフィリッピの戦い後にローマの植民市となり、劇場やフォルムなどローマ都市の機能を備えた。
紀元49〜50年頃には使徒パウロがこの地を訪れたと伝えられ、後にキリスト教聖堂群が築かれた。
マケドニア・ローマ・初期キリスト教という異なる時代の建築様式が重層的に残る点が特徴。
2016年登録。
登録基準はiii(文明・伝統の証拠)、iv(建築・技術・景観の顕著な例)。
【検定ここが出る】古代の東西幹線道路沿いの都市であることと、マケドニア・ローマ両時代の重層性が問われやすい。