ヴォルタ州、グレーター・アクラ州、セントラル州、ウェスタン州の城塞群
Forts and Castles, Volta, Greater Accra, Central and Western Regions

概要

ヴォルタ州、グレーター・アクラ州、セントラル州、ウェスタン州の城塞群は、ガーナの大西洋岸に残る、ヨーロッパ諸国の植民地支配と大西洋奴隷貿易の歴史を今に伝える一群の城塞です。1979年に世界遺産に登録され、人類が経験した悲劇の記憶を後世に伝える「負の遺産」として重要な位置を占めています。

基本情報
ガーナ
1979年:新規登録
検定ではここを覚えよう
  • 保有国: ガーナ
  • 登録状況: 1979年:新規登録
  • 区分: 文化遺産
  • 登録基準: (ⅵ)
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詳細情報
ガーナ沿岸にはエルミナ城など多くの要塞が残る。
16世紀以降大西洋奴隷貿易の拠点として利用された。
ヨーロッパ列強の植民地支配を示す証拠である。
現在は人類の負の遺産として保存されている。

もっと詳しく

登録資産の中心となるのは、ケープコースト城、セント・ジョージ・デルミナ城(エルミナ城)、アクラ郊外のオスにあるクリスチャンボー城という3つの城と、周辺に点在する15の砦です。これに加えて、一部が廃墟化した砦や、遺構・痕跡のみが残る地点も構成資産に含まれており、ユネスコの登録全体では約30件近くの構造物・遺構から成るとされています。これらは、東はケタ、西はベインまで約500キロメートルにおよぶガーナ沿岸に沿って、1482年から1786年にかけて、ポルトガル、オランダ、イギリス、デンマークなど複数のヨーロッパの通商国によって築かれました。

このうちエルミナ城は、1482年にポルトガルによって建設された、サハラ以南アフリカに現存する最古のヨーロッパ人建造物の一つとされ、当初は金の交易拠点として設けられました。しかし17世紀以降、こうした城や砦の多くは、アフリカ大陸から南北アメリカ大陸へ向けて多数の人々が強制的に連行される、大西洋奴隷貿易の拠点として利用されるようになりました。城内の地下牢に人々を収容し、二度と故郷の土を踏むことのないまま船に乗せて送り出したとされる出口は、今日「帰らざる扉(Door of No Return)」として知られ、この貿易がもたらした苦しみを象徴する場所となっています。

1979年の世界遺産登録では、この城塞群が人類の歴史における重大な出来事、すなわち大西洋奴隷貿易という普遍的な意義を持つ出来事と直接結びついていること(登録基準vi)が評価されました。これらの城塞は、単なる建築遺産としてではなく、奴隷制という人類史上の深い傷跡を記憶し、二度と繰り返さないための証言の場として、今日「人類の負の遺産」の一つに数えられています。

よくある質問

Q. ガーナの城塞群はいくつの建造物からなりますか。
A. 中心となるのはケープコースト城、エルミナ城、クリスチャンボー城の3つの城と15の砦ですが、一部廃墟化した砦や遺構のみが残る地点も含め、ユネスコの登録全体では約30件近くの構造物・遺構から構成されているとされています。

Q. エルミナ城はいつ建てられましたか。
A. 1482年にポルトガルによって建設されたと伝えられ、サハラ以南アフリカに現存する最古級のヨーロッパ人建造物の一つとされています。

Q. なぜ負の世界遺産と呼ばれるのですか。
A. 17世紀以降、これらの城や砦の多くが大西洋奴隷貿易の拠点として利用され、多数の人々が強制的に連行された歴史を伝えているためです。

Q. 世界遺産に登録されたのはいつですか。
A. 1979年にユネスコの世界遺産リストに登録されました。

旅行情報

ケープコースト城とエルミナ城は現在も一般に公開されており、ガイドによる見学ツアーを通じて、地下牢や砲台跡などを見学できます。ケープコースト城内には西アフリカ歴史博物館が併設され、奴隷貿易に関する資料や当時の道具などが展示されています。観光会社の案内では、近隣のカクム国立公園のキャノピーウォーク(吊り橋遊歩道)とあわせた日帰りツアーも広く提供されています。入場料はガーナ国籍者と外国人とで異なる料金設定がされているとされますが、金額は改定される可能性があるため、訪問前に最新情報の確認が推奨されます。
写真
ヴォルタ州、グレーター・アクラ州、セントラル州、ウェスタン州の城塞群
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