エゲの考古遺跡[現在名ヴェルギナ]
Archaeological Site of Aigai (modern name Vergina)

概要

テッサロニキ近郊に位置するエゲ(現在名ヴェルギナ)は、紀元前650年頃に興ったとされる古代マケドニア王国最初の都である。宮廷は後に北方のペラへ移ったが、エゲは王家の聖地として祭礼と埋葬の中心であり続けた。1977年、考古学者マノリス・アンドロニコスがメガリ・トゥンバ(大墳丘)を発掘して未盗掘の王墓を発見し、黄金の副葬品からアレクサンドロス大王の父フィリッポス2世の墓との説が唱えられた。1996年、登録基準(i)(iii)のもと世界遺産に登録されている。

基本情報
ギリシア
1996年:新規登録
検定ではここを覚えよう
  • 保有国: ギリシア
  • 登録状況: 1996年:新規登録
  • 区分: 文化遺産
  • 登録基準: (ⅰ)、(ⅲ)
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詳細情報
古代マケドニア王国の首都で、王墓群が発見されている。
壁画や副葬品に王権の象徴が表現されている。
古代ギリシア世界を示す考古学的証拠が重要である。

もっと詳しく

エゲ(現在名ヴェルギナ)は、ギリシア北部、テッサロニキから南西へ約80kmに位置する古代マケドニア王国最初の都である。紀元前650年頃に王国の中心地として興り、宮廷機能はその後北方の平野に位置するペラへ移されたとされるが、その後もエゲは王家の埋葬地・祭礼の中心地としての役割を保ち続けた。19世紀後半には、ナポレオン3世の支援を受けたフランス人考古学者レオン・ユーゼによる発掘が始まり、この地への学術的関心が高まった。

エゲの所在地を巡っては長らく議論があったが、それを大きく動かしたのが1977年から1978年にかけて、テッサロニキ大学のマノリス・アンドロニコスが行った「メガリ・トゥンバ(大墳丘)」の発掘調査である。この調査で3基のマケドニア式墳墓が発見され、うち2基は盗掘を免れた状態で見つかった。中でも第2墳墓からは、古代マケドニアの象徴「ヴェルギナの太陽」の意匠が施された黄金の骨壺(ラルナクス)をはじめとする豪華な副葬品が出土し、アンドロニコスはこれをアレクサンドロス大王の父フィリッポス2世の墓であると発表した。この発見は世界的な注目を集め、ヴェルギナがエゲであることを裏付ける重要な物証となった。

もっとも、第2墳墓の被葬者については、フィリッポス2世本人とする説のほか、その子でアレクサンドロス大王の異母兄にあたるフィリッポス3世アリダイオスとする説も研究者の間で唱えられており、現在に至るまで学術的な議論が続いている。一方で、これら3基の墳墓がマケドニア王家に連なる人物のものであること自体は、広く受け入れられている。

遺跡のもう一つの見どころが、紀元前340年頃に建設されたとされる壮麗な宮殿である。ドーリア式の柱廊に囲まれた広大な中庭を持ち、モザイクや彩色漆喰装飾を施された豪奢な建物であったことが発掘によって明らかになっている。すぐそばには古代劇場の跡も残り、紀元前336年、フィリッポス2世が娘クレオパトラの婚礼の祝宴のさなかに暗殺された場所として知られる。周辺には11世紀頃に遡るものを含む300基を超える古墳が確認されており、この地が長期にわたり王家の埋葬地として用いられてきたことを物語っている。

1996年、第20回世界遺産委員会において、登録基準(i)(iii)のもと世界遺産に登録された。(i)は宮殿や王墓に見られる建築・装飾表現の卓越した創造性を、(iii)は都市国家からヘレニズム・ローマ帝国期の広域的な帝国構造へと移行する欧州文明史上の重要な転換点を伝える稀有な証拠であることを、それぞれ評価するものである。

よくある質問

Q. エゲ(現在名ヴェルギナ)とはどのような遺跡ですか?
A. ギリシア北部、テッサロニキ近郊に位置する古代マケドニア王国最初の都の遺跡。紀元前650年頃に興ったとされ、宮廷が北方のペラへ移った後も王家の埋葬地・祭礼の中心地であり続けた。1996年、登録基準(i)(iii)のもと世界遺産に登録された。

Q. フィリッポス2世の墓は本当に発見されたのですか?
A. 1977年、考古学者アンドロニコスが未盗掘の王墓(第2墳墓)を発見し、黄金の副葬品からフィリッポス2世の墓であると発表した。ただし被葬者については、その子フィリッポス3世アリダイオスとする説も唱えられており、現在も学術的な議論が続いている。

Q. 宮殿にはどのような特徴がありますか?
A. 紀元前340年頃に建設されたとされる宮殿は、ドーリア式の柱廊に囲まれた広大な中庭を持ち、モザイクや彩色漆喰で装飾された豪奢な建物であった。すぐそばの劇場跡は、紀元前336年にフィリッポス2世が暗殺された場所として知られる。

Q. 世界遺産にはいつ、どのような基準で登録されましたか?
A. 1996年、登録基準(i)(iii)のもと登録された。(i)は建築・装飾表現の創造性を、(iii)は都市国家からヘレニズム・ローマ帝国期の帝国構造へ移行する欧州文明史上の転換点を伝える稀有な証拠であることを評価している。

旅行情報

テッサロニキから有料道路経由で車で約1時間、または長距離バスでヴェリア乗り継ぎ約2時間でアクセスできる。王墓群は盛土状の地下施設内に博物館として整備されており、見学には博物館だけで1~2時間、遺跡全体を巡る場合は半日程度を見込むとよい。
写真
エゲの考古遺跡[現在名ヴェルギナ]
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