トルコ南東部、ティグリス川を見下ろす高台に築かれた要塞都市とその周辺の農園景観。
都市の起源となる
アミダの丘(城塞内部)には先史時代からの居住痕跡があり、ヘレニズム期以降、ローマ・ビザンツ・イスラム・オスマンの各時代を通じて重要な拠点であり続けた。
現存する
全長5.8キロメートルの黒玄武岩の市壁は、4世紀のローマ皇帝コンスタンティウス2世の命により築かれたとされ、多数の塔・門・碑文を伴う。
市壁とティグリス川の間に広がる
エヴセル庭園は、都市に食料と水を供給してきた緑地帯で、城塞と川をつなぐ役割を果たしてきた。
2015年、先史時代からの居住とローマ以降の要塞建築が積み重なった歴史的景観を伝える遺産として
世界遺産に登録された。
登録基準はiv(建築・技術・景観の顕著な例)の単独基準。
【検定ここが出る】黒玄武岩の市壁が4世紀のローマ皇帝コンスタンティウス2世の命で築かれたとされる点、城塞とティグリス川をつなぐ緑地帯が含まれる点が問われやすい。