イエス生誕の地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼路
Birthplace of Jesus: Church of the Nativity and the Pilgrimage Route, Bethlehem

概要

ベツレヘムに建つ聖誕教会は、キリスト教の伝統において、イエス・キリストが生まれたとされる場所に建てられた聖堂である。4世紀にコンスタンティヌス帝の時代に創建され、6世紀にはビザンツ皇帝ユスティニアヌスのもとで大規模に再建された建物が、その後の増改築を経ながらも今日まで伝えられており、現存する最古級のキリスト教聖堂建築の一つとして高く評価されている。

基本情報
パレスチナ
2012年:新規登録
検定ではここを覚えよう
  • 保有国: パレスチナ
  • 登録状況: 2012年:新規登録
  • 区分: 文化遺産
  • 登録基準: (ⅳ)、(ⅵ)
世界遺産検定 対策トップへ »
詳細情報
パレスチナ自治区のベツレヘムには、イエス・キリスト生誕の地とされる聖誕教会が建てられている。
この教会は4世紀にコンスタンティヌス帝によって創建され、6世紀に再建された。
内部の地下洞窟が生誕地と伝えられ、世界中の巡礼者が訪れる聖地となっている。
また、教会へ続く巡礼路は、歴史的に信仰の中心を結ぶ重要な道であった。

もっと詳しく

聖誕教会の起源は4世紀、ローマ皇帝コンスタンティヌス1世の治世に遡るとされる。伝承によれば、聖誕の地とされる洞窟の真上に最初の聖堂が建てられ、339年に献堂されたと伝えられている。

6世紀、サマリア人の反乱による焼失とも伝えられる被害を受けたのち、ビザンツ皇帝ユスティニアヌス1世(在位527-565年)のもとで大規模な再建が行われた。この際、堂内は拡張され、5廊式の身廊と、現地産の石灰岩でつくられた44本のコリント式列柱が配される構成となり、この骨組みは現在も建物の基本構造として残されているとされる。

614年のサーサーン朝ペルシアによる侵攻の際、聖堂内に描かれていた東方三博士のモザイクがペルシア風の衣装で表現されていたため、破壊を免れたという逸話が伝えられている。史実性については議論もあるが、聖堂が大きな被害を免れた歴史的経緯を物語る逸話として広く知られている。

十字軍時代にも改修が加えられ、壁面装飾用のモザイクが追加された。近年では2013年以降、屋根の修復とあわせて壁面・天井のモザイクの保存修復事業が数年にわたり行われ、色彩の鮮やかさが取り戻されたとされる。

登録基準(iv)(vi)のもとで評価されており、(iv)は歴史上の重要な段階を示す建築様式の顕著な例であること、(vi)は普遍的に重要な出来事や伝統と直接的に結び付くことを意味する。入口の一つは「謙虚の門」と呼ばれる高さ約120センチメートルの小さな開口部となっており、後世に改造されたと考えられている。

世界遺産には教会本体だけでなく、エルサレムから続く巡礼路の一部や、周辺の修道院群、鐘楼なども含まれており、1700年以上にわたって巡礼の目的地であり続けてきた宗教的伝統の広がりを構成資産全体で伝えている。

よくある質問

Q. 聖誕教会はいつ建てられましたか?
A. 起源は4世紀、コンスタンティヌス1世の時代に遡るとされ、339年に献堂されたと伝えられている。現存する建物の骨格は6世紀にビザンツ皇帝ユスティニアヌス1世のもとで再建されたものとされる。

Q. 「謙虚の門」とは何ですか?
A. 教会入口にある高さ約120センチメートルの小さな開口部で、後世に改造されたと考えられている。一人がかがんでようやく通れる大きさとされる。

Q. なぜこの教会は破壊を免れたと言われているのですか?
A. 614年のペルシア侵攻の際、堂内に描かれた東方三博士のモザイクがペルシア風の衣装で表現されていたため破壊を免れたという逸話が伝えられている。

Q. 世界遺産の登録範囲には何が含まれますか?
A. 聖誕教会本体に加え、周辺の修道院群や鐘楼、エルサレムからベツレヘムに至る巡礼路の一部などが構成資産として含まれている。

旅行情報

エルサレム市内のバスターミナルから乗合バスで所要約40分ほどとされ、下車後は徒歩でアクセスできる。長きにわたり巡礼者や観光客が訪れる目的地として知られており、聖堂内部やベツレヘムの旧市街を合わせて見学するコースが一般的とされる。
写真
イエス生誕の地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼路
ページトップへ戻る