ロシア中央部、ヴォルガ川とコトロスリ川の合流点に築かれた古都。
1010年、
後にキエフ大公となるヤロスラフ賢公によって創建されたと伝わり、ヴォルガ川沿いに建設された最初期のロシア都市とされる。
創建にまつわる伝説では、異教徒の集落があったこの地でヤロスラフが放たれた獣を退治し、街の紋章にも
熊が描かれることになったという。
18世紀、女帝エカチェリーナ2世の都市改革により
放射状の街路網が整備され、その優美な景観から「ロシア北部のフィレンツェ」とも呼ばれた。
17世紀に建てられた色鮮やかな装飾を持つ教会群が今も市街に点在し、商業都市として栄えた往時を伝える。
2005年、この都市計画の先進性と歴史的建造物群が評価されて
世界遺産に登録された。
登録基準はii(文化交流の証拠)とiv(建築・技術・景観の顕著な例)。
【検定ここが出る】創建者ヤロスラフ賢公と紋章にまつわる伝説、エカチェリーナ2世による放射状都市計画という2つの歴史的層が問われやすい。