高句麗[コグリョ]古墳群
Complex of Koguryo Tombs

概要

朝鮮半島北部からピョンヤン(平壌)周辺にかけて分布する高句麗古墳群は、高句麗王国の中期から後期にあたる時代の墳墓群です。石室内部に描かれた極彩色の壁画には、四神(青龍・白虎・朱雀・玄武)をはじめ、狩猟の様子や女性の姿などが表現されており、東アジアの古代美術・生活文化を伝える貴重な資料として2004年に世界遺産に登録されました。

基本情報
北朝鮮
2004年:新規登録
検定ではここを覚えよう
  • 保有国: 北朝鮮
  • 登録状況: 2004年:新規登録
  • 区分: 文化遺産
  • 登録基準: (ⅰ)、(ⅱ)、(ⅲ)、(ⅳ)
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詳細情報
高句麗王国中・後期の63基の古墳からなる遺産。
古墳の多くには多くの美しい壁画が残されている。
図柄は青龍、白虎、朱雀、玄武を
四神図を描いた、狩猟図や女性など多岐にわたる。
日本の 高松塚古墳やキトラ古墳との関連例も指摘されており、高句麗王国が東アジアに大きな影響を与えていたことを示唆している。

もっと詳しく

高句麗は、伝統的には紀元前37年頃から668年まで存在したとされる古代王国で、現在の北朝鮮・中国東北部・朝鮮半島にまたがる地域を版図としたとされる。首都は427年頃に平壌へ移されたとされ、これ以降に築かれた墳墓が今回の登録の中心となっている。なお高句麗の歴史的評価をめぐっては、関係する国・地域の間で異なる立場があることが知られており、本稿では特定の国家への帰属を主張する立場は取らず、考古学・美術史的な観点から古墳群の内容を紹介する。

古墳の多くは、土を盛った墳丘の内部に石造りの玄室(石室)を設ける構造を持ち、玄室の数や規模は古墳ごとに異なる。王族・貴族層のものとされる大型の古墳は複数の石室を持ち、壁面全体に彩色壁画が描かれている例が多い。壁画の題材は、四神のほかにも、被葬者の肖像、日常生活の場面、伝説上の生き物、蓮の花を用いた装飾文様など多岐にわたる。

既存の解説にもあるとおり、これらの壁画は日本の高松塚古墳・キトラ古墳の壁画との類似性がしばしば指摘される。両古墳は日本の飛鳥時代(7世紀末〜8世紀初頭頃)に築造されたと考えられており、四神を描く構図や色彩表現に高句麗古墳群との共通点があるとされ、古代東アジアにおける文化的な広がりを示す事例として研究の対象となっている。

登録基準(i)(ii)(iii)(iv)は、それぞれ壁画に見られる芸術的完成度の高さ、東アジア地域における文化的価値観の交流を示す証拠であること、後世に類例の少ない独自の埋葬文化・信仰の証言であること、そして東アジアの墓制建築の発展段階を示す卓越した構造物であることを、それぞれ評価したものとされる。

よくある質問

Q. 高句麗古墳群にはいくつの古墳が含まれていますか?
A. 平壌・南浦周辺に分布する高句麗中期から後期の古墳のうち、壁画などの学術的価値が特に高いとされるものがまとめて登録されている。具体的な基数については情報源によって記載に幅があるため、本ページでは断定を避けている。

Q. 壁画にはどのようなモチーフが描かれていますか?
A. 四神(東の青龍・西の白虎・南の朱雀・北の玄武)を中心に、狩猟の様子、日常生活、女性の姿、蓮の花を用いた装飾文様などが描かれている古墳が多いとされる。

Q. 日本の高松塚古墳やキトラ古墳とはどのような関係がありますか?
A. 日本の飛鳥時代に築造されたとされるこれらの古墳の壁画には、四神を描く構図や様式面で高句麗古墳群との類似性が指摘されており、古代東アジアにおける文化的な交流の広がりを示す例として研究されている。

Q. 高句麗はどこの国の歴史とされていますか?
A. 高句麗は紀元前後から7世紀にかけて、現在の北朝鮮・中国東北部・朝鮮半島にまたがる地域に存在した古代王国であり、その歴史的評価については関係する国・地域の間で異なる立場が存在する。本ページでは特定の立場を取らず、考古学・美術史の観点から古墳群の内容を紹介している。

写真
高句麗[コグリョ]古墳群
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