マリ中部、サハラ砂漠南縁に位置する、かつて交易とイスラム学問の一大拠点として栄えた都市。
15〜16世紀には
サンコレ・モスク(附属の大学を含む)、ジンガレイベル・モスク、シディ・ヤヒヤ・モスクの3大モスクを中心に、アフリカ屈指の知の中心地として繁栄した。
市内の個人文庫には14世紀に遡るものを含む
数十万点規模の写本が伝わり、16の聖者廟とともにトンブクトゥの精神文化を今に伝える。
1988年の登録後、1990年から2005年にかけて一度
危機遺産リストに入り、2012年の武装勢力による占拠で聖者廟14基が破壊され4000点超の写本が焼失したことを受け、再び
危機遺産リストに加えられ、現在もそのままとなっている。
破壊された聖者廟は国際支援を受けた伝統技術による再建が進められた。
登録基準はii(文化交流の証拠)、iv(建築・技術・景観の顕著な例)、v(伝統的集落・土地利用の顕著な例)。
【検定ここが出る】2012年の武装勢力占拠で聖者廟破壊・写本焼失の被害を受け
危機遺産に再登録された経緯、3大モスクと膨大な写本が伝わる学問都市である点が問われやすい。