ジェミラ
Djémila

概要

ジェミラは、アルジェリア北東部の山あいに広がる古代ローマの植民都市遺跡である。1982年に世界遺産に登録され、ローマ帝国後期の姿を今に伝える保存状態の良さから、北アフリカに残るローマ遺跡の中でも重要な一つに数えられている。かつて「クイクル」と呼ばれたこの都市は、後にアラビア語で「美しい町」を意味する「ジャミラ」と呼び名を変え、現在の名称の由来となったと伝えられる。

基本情報
アルジェリア
1982年:新規登録
検定ではここを覚えよう
  • 保有国: アルジェリア
  • 登録状況: 1982年:新規登録
  • 区分: 文化遺産
  • 登録基準: (ⅰ)、(ⅲ)、(ⅳ)
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詳細情報
1世紀にローマ人の手によって建設され、3世紀前半に全盛期を迎えた植民都市。
216年にカラカラ帝を讃えてつくられたカラカラ帝の凱旋門をはじめ、カピトリウム神殿、劇場、共同浴場などのローマ帝国後期の壮大な遺跡が良い保存状態で残っている。
地名は、後にこの地に入ったアラブ人がアラビア語で「ジャミーラ」(美しい町)と名付けたのに由来している。

もっと詳しく

ジェミラの起源は、ローマ皇帝ネルウァの治世下、紀元96年から98年頃に退役軍人のための植民都市「クイクル」として建設されたことに遡るとされる。標高900メートル前後の山間の盆地という立地は、防衛や気候の面で有利であった一方、都市の拡張には制約も伴い、地形に沿うように市街地が段階的に広げられていった。

都市は3世紀初頭に最盛期を迎え、北アフリカが「ローマの穀倉」と呼ばれた繁栄期の一翼を担った。今日見られるカラカラ帝の凱旋門(216年)は、この時代の政治的な威信を示す代表的な建造物であり、皇帝への献呈を目的として建てられたと考えられている。

ジェミラは登録基準(i)(iii)(iv)のもとで世界遺産に登録されている。(i)は建築的・芸術的に優れた人類の創造的才能を示す点、(iii)は失われた文明の証拠を伝える点、(iv)はある時代を代表する建築様式や都市計画の顕著な例である点を評価するものであり、ジェミラのフォルムやバシリカ、カピトリウムなどが構成する都市構造全体が、ローマ都市計画の優れた実例として認められている。

5世紀以降、ヴァンダル族の侵入やビザンツ帝国による再征服などの混乱を経て都市は徐々に衰退し、やがて放棄されたと考えられている。乾燥した気候と人里から離れた立地が幸いし、建造物やモザイクが比較的良好な状態で今日まで残されたとされる。

遺跡に隣接する考古学博物館には、狩猟や神話を主題とした精緻なモザイク画をはじめとする出土品が数多く展示されており、当時の都市生活や信仰の様子をうかがい知ることができる。

よくある質問

Q. ジェミラという名前の由来は何ですか?
A. 「ジェミラ」はアラビア語で「美しい町」を意味する言葉に由来するとされ、後世にこの地に定住したアラブ系の人々によって名付けられたと伝えられている。古代ローマ時代には「クイクル」と呼ばれていた。

Q. ジェミラはいつ、どのような目的で建設されましたか?
A. 紀元96年から98年頃、ローマ皇帝ネルウァの治世に、退役軍人のための植民都市として建設されたとされる。

Q. 世界遺産としての登録基準は何ですか?
A. 登録基準(i)(iii)(iv)に基づいて1982年に登録された。優れた都市計画や建築、失われた文明の証拠としての価値が評価されている。

Q. アルジェから遺跡へはどのくらいの距離ですか?
A. アルジェリアの首都アルジェから道路で約3時間45分ほどとされ、内陸のセティフやコンスタンティーヌ経由でアクセスするのが一般的である。

旅行情報

ジェミラ遺跡は、アルジェリアの首都アルジェから幹線道路(A1号線)経由で車で約3時間45分ほどの距離にあるとされる。近隣都市のコンスタンティーヌからは約2時間程度ともいわれる。乾季にあたる3月から5月頃は気候が比較的穏やかで視界も良好とされ、訪問に適した時期とされる。現地ガイドを伴った見学が勧められている。遺跡に隣接する考古学博物館では、出土したモザイクなどを見学できる。
写真
ジェミラ
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