リビア北部地中海沿岸に残る、ローマ帝国有数の都市遺跡。
この地に生まれたセプティミウス・セウェルスが
皇帝となった後、都市を大規模に拡張・整備したことで、帝政期ローマを代表する都市の一つとなった。
市内にはフェニキア・ローマ・ギリシア・ヘレニズムなど
多様な文化の影響を示す彫刻・装飾が残り、セウェルス帝の凱旋門やバシリカにも精緻な大理石装飾が施されている。
劇場・浴場・広場(フォルム)・港湾施設など、都市計画と
記念建築の両面で高い完成度を示す。
1982年、地中海沿岸に残るローマ都市計画の傑出した実例として
世界遺産に登録された。
2016年、保存管理上の課題が生じているとして
危機遺産リストに登録された。
登録基準はi(人類の創造的才能を表す傑作)、ii(文化交流の証拠)、iii(文明・伝統の証拠)。
【検定ここが出る】セプティミウス・セウェルスの出身地であり彼の下で都市が拡張された点、2016年に
危機遺産リストへ登録された点が問われやすい。